小屋から怪しげな剃刀《かみそり》だの鏡台だのが担ぎ出されます。
米友はつまらない面《かお》をしています。俺を坊主にするなどとは以てのほかだというような面をしていたが、トテモ坊主になるものならおとなしく坊主になってやろうというような、得心をしたようにも見られます。
物好きな宿役人が米友の後ろへ廻って剃刀を取ったが、その剃刀があまり切れないせいか、山葵卸《わさびおろし》で擦《こす》るようでありました。痛さを怺《こら》えてじっとして剃らせている米友、その面もおかしいが、いよいよ剃り上った坊主もかなりおかしいと見えて、一同でやんやと囃《はや》して笑ったけれど米友は笑わなかった。
「これでいいのか」
坊主頭を振ってみて、それから例の風呂敷包を首根っ子へ結《ゆわ》いつけて、笠を被《かぶ》ると、
「俺らは急ぎなんだ」
こう言って横っ飛びに川の中へ飛び込んでしまいました。その挙動が、あんまり無邪気で軽快でしたから、人足どもも笑って、米友がひとりでズンズン川を越して行くのを敢《あえ》て止めませんでした。
この一場の小喜劇がこれで済んで、川彼方《かわむこう》を跛足を引き引き駈けて行く米友の形をさ
前へ
次へ
全123ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング