たのだから、相当に理窟は言えるようになったろうけれど、それよりもあいつの得手《えて》は上役に取入ることだ、老中《ろうじゅう》あたりに縁があって、胡麻《ごま》をすったその恩賞で引上げられたのだ、あいつは頼もしそうな面をして老中あたりの頑固連《がんこれん》を口説《くど》き落すには妙を得ている」
「駒井も駒井だが老中も老中だ、いったい我々甲府勤番を何と心得ている。なるほどいずれも相当にしたい三昧《ざんまい》をし尽した報いで、こんな狭い天地に逼塞《ひっそく》はしているけれど、以前を言えば駒井の上に出でるものはいくらもある。言わば甲府勤番は苦労人の集まり、粋人の巣と言うべきだ、容易な人間でその支配が勤まると思われるのが大不足だ、相当の人を遣《つか》わすのが、我々へ対しての礼じゃ。しかるに駒井如き若年者《じゃくねんもの》をよこして我々の頭に置こうなぞとは、見縊《みくび》られたもまた甚だしい哉《かな》。二百余名の甲府勤番がそれで納まるか知らん、駒井を頭にいただいて唯々諾々《いいだくだく》とその後塵《こうじん》を拝して納まっているか知らん。もしそれで納まっているようなら世は末だ、徳川の天下もいよいよ望
前へ
次へ
全123ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング