の真中でも咽喉仏《のどぼとけ》でもお望み通りのところを突いてやる、ちっとやそっと危ねえんじゃねえや」
 米友が懐中から取り出した笹穂《ささほ》は先生自身の工夫で、忽ちそれを杖の先に取りつけて、その穂を左の掌《てのひら》で握って下へさげ、石突《いしづき》をグッと上げて逆七三の構え、ちょうど岩の上に立って水を潜《くぐ》る魚を覘《ねら》うような姿勢を取ると、足を払いに来た竹の竿、それを身を跳らして避けると、いま上りかけた人足の面《つら》の真中から血汐《ちしお》が溢れ出して、
「呀《あ》ッ」
 仰向けに河原へ落ちる。
「野郎、仲間《なかま》を突きやがったな、さあ承知ができねえ」
 血を見ると人足が狂う。
 事態、いよいよ危険と見たから、駒井能登守の手にいた与力同心が出動せねばならなくなりました。

 与力同心の出動によってこの騒ぎは鎮《しず》まりました。しかし納まらないのは雲助ども、あんな悪口を言われ、且つ面《かお》の真中を突かれた負傷者をさえ一人出している。五分五分の仲裁では納まりようはずがないから与力同心は、両方を押えた後に米友を番小屋の方へつれて来ました。さてその後の裁判がふるっています
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