のを待っているが鎮まりません。
「矢でも鉄砲でも持って来やがれ」
 岩の上に立った米友を下から渦《うず》を巻いて押し寄せた川越し人足、なにほどのこともない、取捉《とっつか》まえて一捻《ひとひね》りと素手《すで》で登って来るのを曳《えい》と突く。突かれて筋斗《もんどり》打って河原へ落ちる。つづいて、
「この野郎」
 手捕《てどり》にしようとして我れ勝ちにのぼって来るのを上で米友が手練《しゅれん》の槍。と言ってもまだ穂はつけてないから棒も同じこと。
 これだから米友は困りものです。くれぐれもその短気を起すことを戒《いまし》められているにかかわらず、短気を起してしまいます。無暗に喧嘩を買ってしまいます。槍が出来るという自信があるために人を怖れないし、それに、どうしても曲ったことが嫌いだから、ポンポン理窟を言ってしまいます。
 不幸にしてただ脳味噌に少しく足りないところがあるらしく、それがために時の場合と相手の利害を見ることができません。役人であろうとも雲助であろうとも更に頓着がないから困りものです。お君でも傍にいてなだめたり諫《いさ》めたりするから江戸へ来て以来はあんまり大きな騒ぎを持ち上げ
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