いた杖を片手に取ってブンブンと振り廻し、猿のような面《かお》をして白い歯を剥《む》いて罵《ののし》ると、たださえ気の荒い郡内の川越し人足が、こんなことを言われて納まるはずがありません。
「ふざけた野郎だ、叩き殺せ」
 この騒ぎで、駒井能登守の連台を担ぎかけた人足も、与力同心の股倉《またぐら》へ頭を突っ込んだ人足も、みんなそれをやめてしまって、米友の方へバラバラと飛んで行きました。宿役人は青くなってその騒ぎを抑《おさ》えにかかります。

 意外の騒動が起ったので、駒井能登守はやむなくその騒ぎを見ていました。与力同心の連中もそれを見ていました。いずれも人足どもの騒ぎ、宿役の連中が取鎮めるであろうから自分たちが手を下すまでもあるまい。それで騒ぎの済むのを待っているうちにも、岩の上へ跳《おど》り上った米友の無遠慮露骨な罵倒を聞いてハラハラしました。
 人足どもも無暗《むやみ》に撲ることは乱暴だが、川越し人足である、これで通ったものを、東海道の人足とは人足ぶりが違うとか、面《つら》まで違うとか、山猿がどうしたとか、言わんでもよい悪口を言っているのはずいぶん向う見ずの無茶な奴だと思って、その鎮まる
前へ 次へ
全123ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング