と、もうすぐに川であります。川の両岸には川越しの小屋が立っていて、真裸《まっぱだか》になった川越し人足が六七人ほど、散らばっているのが一目に見えました。
「これが鶴川の渡し場でございます」
「なるほど、先年|諏訪因幡守殿《すわいなばのかみどの》が人足どもに困らせられたという渡しはこれか」
「あれ以来、人足どもも大分おとなしくなりましたが、やっぱり気の荒い郡内の溢《あぶ》れ者《もの》でござるから、おりおり旅人が難儀する由でござりまする」
「ゆくゆくはなんとか取締りをしたいものじゃ、どこへ行っても、この裸虫には弱らせられる」
 一行は川越しの小屋のところまで来ると、宿役人から先に出向いていて、しきりに人足を指図していました。
「おいおい御支配のお通りだ、ほかの旅人は控えているがよろしい、御支配のお通りが済んでから通らっしゃい」
と言って、川の両岸の通行を暫らく差押えました。それがために両岸に多くの通行人が溜《たま》って、駒井能登守の渡ってしまうのを待っていました。
「どうしたのか、両岸に人がたかっている」
 能登守は不審に思いました。
「御支配様、どうぞこれをお召しなすって下さいまし」
 
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