かみさんが悪者に苛められているところを、鳥沢の親分が助けて連れてかえったと? してその若いおかみさんというのは……また鳥沢の親分というのは何者」
 与力同心が、土地の者の言葉尻を捉《とら》えてそれを訊《たず》ねてみました。
 よく聞いてみると、峠道で悪い胡麻《ごま》の蠅《はえ》にかかって苦しめられていたという女は、駒木野の関を通してもらった女であって、それを助けた鳥沢の親分というのは、鳥沢の粂《くめ》という親分であることがわかりました。
 鳥沢の粂というのは郡内《ぐんない》切っての親分であって、ずいぶん悪辣《あくらつ》なことをするし、また相応に義侠らしいこともする。この界隈《かいわい》では厄介者視しているものが半分と、畏服《いふく》しているものが半分という勢力であることもすぐにわかりました。
 それを聞いただけで、駒井能登守の一行は例の通り上野原までやって来ました。上野原の宿へ着いた時も、先触《さきぶれ》がなかったから役員どもを驚かしました。
 御支配のお着きということは本陣を大へんに騒がせたけれども、そのほかには至って無事で、一泊して翌日未明に出立。
 上野原を出て少しばかり坂を下る
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