か、お名乗りを承りたい」
こう言って能登守の手の者が、神尾の駕籠先を押えるようにしました。ここに至ってドチラにも多少の意地ずくが見えました。
「おのおの方にお名乗り申す由はない。たって姓名が承りたくば能登守|直々《じきじき》においであるがよろしい」
と神尾の者がこう言いました。
この時に、駒井能登守と渡辺という与力が、峠を下りて近いところまでやって来ました。
それと聞いて渡辺は神尾の駕籠近く寄って来て、
「お乗物の中へ物申す、拙者は甲府勤番支配の与力渡辺三次郎、失礼ながらお名乗りを承りたい」
この時に神尾主膳が駕籠の垂《たれ》を上げて外を見ると、おりから来かかった駒井能登守と面《かお》を合わせたが、さあらぬ体《てい》で、
「拙者事は、同じく甲府勤番の組頭神尾主膳でござる、今日は私用にてこのところを通行致す故、公用向きの礼儀は後日に譲る、お尋ねの怪しい者とやら一向に我等は存知致さぬ、前路にちと急の用事あるにより、これにて御免」
こう言ったままで、垂を下ろさせてさっさと駕籠を進ませました。だから能登守の左右の者が、その無礼を憤《いか》って眼と眼を見合わせると、能登守はなにげなき風
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