人に世話を焼かせずに、自分から動き出す気にならなくちゃいけねえ」
 こうしてがんりき[#「がんりき」に傍点]を助けに来た奴と、助け出されて行くがんりき[#「がんりき」に傍点]は窓から逃げて行きました。窓を上手に切って、身体の自由になるようにして、細引で縄梯子《なわばしご》がかけてあったのを上手に脱け出したから、旅に疲れた与力同心の面々も更に気がつきませんでした。
「兄貴、よく来てくれた」
「ほんとうに世話の焼けた野郎とっちゃあ[#「とっちゃあ」に傍点]」
「どうも済まねえ」
「ははあ、今度という今度はいくらか身に沁《し》みたと見えて弱い音《ね》を吹き出したな」
「どうにもこうにも身体が痛んでやりきれねえ、そりゃそうと、兄貴、俺がここへ捕まってることがどうしてわかったんだい」
「初狩《はつかり》まで行ったところが、通りかかる馬方の口から変なことを聞いたもんだから、それで、もしやと引返してみたんだ」
「そうか。兄貴の前だが、猿橋を裏から見せられたのは今度が初めてよ」
「鳥沢の粂の野郎がそうしたんだというじゃねえか。野郎あんまりふざけたことをすると思ったから、わざわざ引返して来て見ると、粂の野郎もいなけりゃあ、手前の姿も橋のまわりには見えねえから聞いてみると、これこれのわけで、役人につかまって吟味最中ということだから、暫らく三島明神の裏に隠れて夜の更けるのを待って、それから忍んで行ってみたんだ」
「おかげさまで命拾いをしたようなもんだが、なにぶんこんなに身体が弱っていた日にゃ所詮《しょせん》遠道は利かねえ、あの役人というのが、勤番支配なんだから、一度はこうして助けてもらっても、あいつらに睨《にら》まれた上はどうもこの道中は危ねえな」
「なるほど、この様子じゃあ、どこかで二三日保養をしなくちゃあトテモ物にはならねえようだ。と言って、勤番支配を向うに廻したんじゃあ、滅多な家へ駈込むわけにもいかず……そうだ、いいことがある、これから粂の野郎のところへ押しかけて行こう、あの野郎、この界隈《かいわい》の親分面をして納まっているのが癪《しゃく》だ、これから二人で押しかけて行って、手前を預けて来ることにしようじゃねえか」
「粂の親分のところへ出直しに行くんだな。兄貴が一緒に行ってくれたら向うもマンザラな挨拶はすめえから、それじゃ、そういうことにしてもらいましょう。それから兄貴、お前が俺
前へ 次へ
全62ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング