たのだから、相当に理窟は言えるようになったろうけれど、それよりもあいつの得手《えて》は上役に取入ることだ、老中《ろうじゅう》あたりに縁があって、胡麻《ごま》をすったその恩賞で引上げられたのだ、あいつは頼もしそうな面をして老中あたりの頑固連《がんこれん》を口説《くど》き落すには妙を得ている」
「駒井も駒井だが老中も老中だ、いったい我々甲府勤番を何と心得ている。なるほどいずれも相当にしたい三昧《ざんまい》をし尽した報いで、こんな狭い天地に逼塞《ひっそく》はしているけれど、以前を言えば駒井の上に出でるものはいくらもある。言わば甲府勤番は苦労人の集まり、粋人の巣と言うべきだ、容易な人間でその支配が勤まると思われるのが大不足だ、相当の人を遣《つか》わすのが、我々へ対しての礼じゃ。しかるに駒井如き若年者《じゃくねんもの》をよこして我々の頭に置こうなぞとは、見縊《みくび》られたもまた甚だしい哉《かな》。二百余名の甲府勤番がそれで納まるか知らん、駒井を頭にいただいて唯々諾々《いいだくだく》とその後塵《こうじん》を拝して納まっているか知らん。もしそれで納まっているようなら世は末だ、徳川の天下もいよいよ望みなしじゃ」
「その通り、我々が不平なるが如く、二百余名の勤番、誰とて駒井を快く思うものはあるまい。さりとて公儀からのお役目、それを反《そむ》くというわけにもいくまい。いよいよ駒井が来たら我々共の覚悟はどうじゃ、いかなる思案を以て駒井を迎えるか、あらかじめ腹をきめておかねばなるまい」
「拙者は病気所労と披露《ひろう》して当分は引籠《ひきこも》る」
「病気所労もよかろうけれど、いつまでもそうは言っておられぬ。もっと男らしい手段はないか、甲府勤番の反《そり》の強さを見せつけて、駒井の胆《たん》を奪うてやるような仕事はないか、駒井が着く早々縮み上って尾を捲いて向うから逃げ出すような謀《はかりごと》があらば、これ以て甚だ痛快なる儀じゃ」
「なるほど」
「機先を制して駒井能登を圧倒するのじゃ、そうして、甲府勤番には骨があって、彼等如き若年者で支配などとは以てのほかというところを、老中にまでも思い知らせてやるのじゃ、それをせねば後来のためにもならぬ」
「なるほど」
ここに三人の不平が火を発するほどに強くカチ合って、そうして彼等の上に来《きた》るべき、年の若い新しい支配というのを呪《のろ》い尽すの
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