いた杖を片手に取ってブンブンと振り廻し、猿のような面《かお》をして白い歯を剥《む》いて罵《ののし》ると、たださえ気の荒い郡内の川越し人足が、こんなことを言われて納まるはずがありません。
「ふざけた野郎だ、叩き殺せ」
この騒ぎで、駒井能登守の連台を担ぎかけた人足も、与力同心の股倉《またぐら》へ頭を突っ込んだ人足も、みんなそれをやめてしまって、米友の方へバラバラと飛んで行きました。宿役人は青くなってその騒ぎを抑《おさ》えにかかります。
意外の騒動が起ったので、駒井能登守はやむなくその騒ぎを見ていました。与力同心の連中もそれを見ていました。いずれも人足どもの騒ぎ、宿役の連中が取鎮めるであろうから自分たちが手を下すまでもあるまい。それで騒ぎの済むのを待っているうちにも、岩の上へ跳《おど》り上った米友の無遠慮露骨な罵倒を聞いてハラハラしました。
人足どもも無暗《むやみ》に撲ることは乱暴だが、川越し人足である、これで通ったものを、東海道の人足とは人足ぶりが違うとか、面《つら》まで違うとか、山猿がどうしたとか、言わんでもよい悪口を言っているのはずいぶん向う見ずの無茶な奴だと思って、その鎮まるのを待っているが鎮まりません。
「矢でも鉄砲でも持って来やがれ」
岩の上に立った米友を下から渦《うず》を巻いて押し寄せた川越し人足、なにほどのこともない、取捉《とっつか》まえて一捻《ひとひね》りと素手《すで》で登って来るのを曳《えい》と突く。突かれて筋斗《もんどり》打って河原へ落ちる。つづいて、
「この野郎」
手捕《てどり》にしようとして我れ勝ちにのぼって来るのを上で米友が手練《しゅれん》の槍。と言ってもまだ穂はつけてないから棒も同じこと。
これだから米友は困りものです。くれぐれもその短気を起すことを戒《いまし》められているにかかわらず、短気を起してしまいます。無暗に喧嘩を買ってしまいます。槍が出来るという自信があるために人を怖れないし、それに、どうしても曲ったことが嫌いだから、ポンポン理窟を言ってしまいます。
不幸にしてただ脳味噌に少しく足りないところがあるらしく、それがために時の場合と相手の利害を見ることができません。役人であろうとも雲助であろうとも更に頓着がないから困りものです。お君でも傍にいてなだめたり諫《いさ》めたりするから江戸へ来て以来はあんまり大きな騒ぎを持ち上げ
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