たちは渡し賃を貰って人を渡しさえすりゃいいんだろう、通すの通さねえの、安宅《あたか》の関の弁慶みたいなごたいそうなことを言うない、富樫《とがし》にしちゃあ出来過ぎてらあ、第一、手前たちは富樫という面《つら》じゃねえ」
 さあいけない、米友はまた啖呵《たんか》を切ってしまった。
 米友流の啖呵を切って開き直ると、手に持っていた杖を眼にもとまらない迅さで取り直して、いま自分を撲《なぐ》った人足の眼と鼻の間に一刺《いっし》を加えました。
「あッ!」
 その人足はひっくり返る、あとの人足は殺気が立つ。人足を一人突き倒して、しばらく彼等を呆気《あっけ》に取らした米友は、二三間、河原の向うへツツと飛び越して岩の上へ跳《は》ねあがり、
「俺《おい》らは伊勢の国から東海道を旅をして江戸の水を呑んで来た宇治山田の米友だ。東海道には天竜川だの大井川だのという大きな川があるんだ、こんな山ん中のちっぽけな川とは違って、水もモットうんとあらあ、そこには川越しの人足も幾百人といるけれども、手前たちのようなわけのわからねえ人足は一人もいなかったんだ。おじさん、俺らはこの通り足が悪いんだから、大事にして通しておくれと頼めば、ウン兄《あに》い、気をつけて歩きねえ、転ぶとお前は背が低いから、浅いところでもブクブクウをするよなんて言やがるから、ばかにするない、背は低くっても泳ぎが出来るんだいと威張ってやると、あははと笑って通すんだ。手前たちは山ん中の猿だから世間を知らねえや、だから教えてやるんだ、東海道の川越し人足はそうしたものなんだ、同じ人足でも人足ぶりが違わあ、第一、面《つら》からして違ってらあ。俺らが急ぎだから通してくれと頼むのを、事情《わけ》も聞かねえで、無暗《むやみ》に撲《ぶ》ちやがる。撲たれていいものなら撲たしてやらあ、こっちに悪い尻があるんなら、いくらでも撲たれてやらあ、ここまで来て撲ってみやあがれ。米友が持っておいでなさるこの杖は、杖と見えても杖じゃねえんだ、まかり間違ったら槍に化けるように仕掛がしてあるとはお釈迦様《しゃかさま》でも気がつくめえ。やい山猿人足、手前たちは世間を見たことがねえから、この米友がどのくらい槍が遣《つか》えるんだかその見当がつくめえ。山猿と言われたのが口惜しけりゃここまで来てみやがれ、米友の槍が怖いと思ったら、早く川を通せろやい」
 こう言いながら米友は、持って
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