を浚って逃げたのではないかとも思われる、そうだとすれば婦人が一人で帰ったのがおかしいけれど、あの片手の無い奴はこのあたりの山に隠れているかも知れぬ」
猿橋の問屋で逃げられたがんりき[#「がんりき」に傍点]のこと、もしやこの道中のいずれにかと、雑談に耽《ふけ》りながら左右に眼を配りつつ進んで行ったが、笹子峠の七曲りというのへ来た時分に、
「あれあれ、あの谷川で水を飲んでいる者があるぞ」
駒井能登守が谷底を望んでこう言いましたから、一同はみんな谷底をのぞいて見ました。
駒井能登守が水を飲んでいたものを見かけたのは、峠が下りになってから五六丁のところで、そこは俗に坊主沢《ぼうずさわ》といって橋の桟道《さんどう》がいくつもかかっていて、下には清流が滾々《こんこん》と流れているところです。能登守が、そこで水を飲んでいる何者かを見かけて声をかけた時は、その者は鼬《いたち》のように山の中へ駈込んでしまいました。
その駈込んだところを誰もチラと見たものですから、それと言ってバラバラと追いかけます。
それからの一行は、写生帖も史蹟の話もなくてその怪しい者を捕えるべく、前後左右から遠網にかけるようにして、峠を下りついたところが駒飼《こまかい》の宿であります。
駒井能登守の一行がこの怪しの者を、駒飼の宿に近いところまで追い卸《おろ》した時分に、それとは逆に甲州街道を、鶴瀬《つるせ》から本陣の土屋清左衛門の許を立って、お関所を越えて駒飼の方へ行く一行がありました。これも槍を立て数人の供を引きつれて東に下るものと見えました。これは供揃《ともぞろ》いはさほどでなかったけれど、乗物を三つも並べたところが物々しい。その三つの乗物のうちの一つには人がいたけれど、あとの二つは空《から》でありました。その一つに乗っている人というのは神尾主膳でありました。してみれば、明いている二つの乗物の用向も大抵わかる。主膳は遊山がてらにお絹お松の一行を迎えに来たものと見てよろしい。実は笹子峠のこちらまで迎えるつもりであったのを、どうしてもこの峠を越し大庭《おおば》まで行かなければならなくなった事情が出来たものでありましょう。
「殿様」
「何だ」
「あれが天目山の道でござりまするな」
「左様」
「必ず天目山へ上ってみると仰せでございましたが、どうしてまた急にお模様替えなのでござりまする」
「昨夜、急用が出来
前へ
次へ
全62ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング