ラリと変って、
「奥様、おからかい[#「おからかい」に傍点]なすってはいけませんよ、女のことでございますから怯《おび》えますよ」
 膝を立て直したお角の挙動を、ますます怪しいことに思いながらお松はお茶を出して、次の間へ立去ってしまいました。それを流し目でお角は見送りながら、
「奥様、お前様は、女の子はおろか、猫一匹も道庵先生からお預かり申した覚えはないとおっしゃいましたね。そんなことだろうと思いました。危ないこと、子供の使いで追い返されて、こっちからは赤い舌を出され、向うでは笑い物にされるところでしたよ」
 お角は坐り込んで、ことわりもなしにお絹の煙管《きせる》を借りて煙草を一ぷくつけた時に、お絹はさいぜんの証文を取り出しました。
「お前さんには、あの女の子より先にお預かり申した品があるから、それをお返し申してからの話にしようと思いました」
 お絹はその証文をお角の前に置くと、お角は不審な面《かお》をして煙管を投げ出し、証文を取り上げて披《ひら》いて見ました。
「おやおや、こんな品物が奥様の方に廻っていようとは存じませんでした。エエよろしうございますとも、お借り申したものは決してお借り
前へ 次へ
全135ページ中100ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング