いませんから」
「それは困ったことになりました、あの先生に限って、酔っぱらっておいでになっても、信用の置けることには置ける先生だとばかり思って安心して上りましたのに」
「どうもお気の毒に存じます、もう一度先生の方を確めてごらんなさいませ」

「そういうことに致しましょう。これはどうも飛んだ失礼を致しました、そそっかしいことでお恥かしうございます、幾重《いくえ》にもお許し下さいまし」
 お角は当惑してしまったから、お絹に向って自分のそそうを詫びました。
「まあよろしうございます、お茶を一つ召上れ」
 お絹がお茶を一つと言った時に、何も知らないお松はお茶を立ててこの場へ持って出ました。お角は今お詫びをして帰ろうとするところへお松が入って来たものだから、思わずその面《かお》をじっと見て、
「おや、このお娘さんは……」
 お角が驚いて膝を立て直すのを見て、お絹は莞爾《にっこり》と笑いました。
 お松は何のことだかわかりませんで、ただこの女のお客が自分を見て仰々《ぎょうぎょう》しい表情をしたことを、少しくおかしく思いながら、
「おいであそばせ」
 一礼をして出て行こうとする時、お角の言葉つきがガ
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