を願いました娘さんのことでございますが、その親許《おやもと》が今日見えまして、連れて帰りたいということでございますから、さっそく道庵先生へお話を致しますると、先生は当家様へお頼み申してあるとおっしゃって、おれが直《じき》に連れて来てやると御自身でお出かけになるところを、なにしろあの通り御酒《ごしゅ》を召していらしって、お足元がお危のうございますから、それには及びませぬ、お手紙でもいただきますれば、私共の方からお迎えに上りますからと申しますと先生が、よしよしとおっしゃって書いて下すったのがあのお手紙でございます」
「それは変なことでございますね、私共では、先生から娘さんとやらを預かったような覚えは一向にありませんのですが」
「おやおや、それでは道庵先生が何か勘違いをなすったのではございますまいか」
「あの先生のことだから、何かいたずらをしてお前さんたちをかついだのかも知れません」
「ほかのことと違いまして人一人のことでございますから、そんな罪ないたずら[#「いたずら」に傍点]をなさる先生でもございますまいし」
「なにしろ、わたくしどもでは、道庵先生から小猫一匹でもお預かり申した覚えはござ
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