は、せっかくの生娘《きむすめ》が台無しだ」
「わたしはまた、お前さんが預かって食物《くいもの》にしやしないかと、それが心配だ」
「預かり物を食う奴があるものか」
「どうだかわかりゃしない、猫に鰹節《かつぶし》を預けたようなものだから」
「第一、おれに食われるような娘じゃねえ、お邸奉公を勤めていた娘で、堅いことこの上なしだ、友達の義理で退引《のっぴき》ならず預かってはみたものの、おれも実は心配なのだ」
「預けた方も心配でしょう」
「心配というのはそんなことじゃねえが、いつまでも俺のところへ置けねえわけがあるのだから、それで今日、よそへ預け換える約束をしてしまったのだ」
「どこへ預けようと言うの」
「どこでもいいじゃねえか」
「それを言わないと放さない」
人目の薄いのをいいことにして、二人は肩と肩とを突き合せて、こんなことを話しながら行くのを、お絹はみんな聞いてしまって、この男も女も憎らしくなりました。よし、どこへ行くか、行く先を突きとめてやろうという気になりました。
「詰《つま》らなく嫉《や》かれるのも嫌だから言ってしまおう、長者町の道庵という剽軽《ひょうきん》なお医者さんへ預けること
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