《い》い女でした。
お絹はそれを見ると、むらむらと嫉《ねた》ましくなりました。自分はなにもがんりき[#「がんりき」に傍点]に惚《ほ》れてはいない、東海道で附纏われた時も、内心では軽蔑《けいべつ》しながら調子を合せて来たが、男はなかなかしつこい。しつこいほど面白がって翻弄《ほんろう》気取りで一緒に来て、とうとう腕を一本落させることにしてしまって、死ぬか生きるかでウンウン唸《うな》っているのを、山の中へ置きばなしで逃げ出して、その時は、さすがに気の毒と思わないでもなかったが、思い出した時分には、柄にない男ぶりをしてわたしを張りにかかった、その罰はああしたものと腹の中で笑っているくらいでしたが、今その男がこうしてピンピンしている上に、他女《あだしおんな》と摺《す》れつもつれつして歩くところを見ると、お絹は自分勝手な嫉《ねた》みをはじめてしまいました。
「そういうわけなら、あの子をわたしが預かりましょうよ」
それとも知らず、男女の話は甘ったるい。
「そんなことはできねえ」
百蔵はわざとらしく首を振ります。
「そんなに、わたしという者に信用が置けないの」
「お前に預けて売物にでもされた日に
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