てられているところへ、お前だけが俺に濡衣《ぬれぎぬ》を着せようというものだ」
「そりゃいけません、ここの家に女っ気が有るか無いかということは、一目見れば直ぐにわかりますよ、女は細かいところへ気がつきますからね」
「それでは、俺の家に女がいるというのかね」
「そうですとも」
 こんなことから痴話《ちわ》が嵩《こう》じてゆきました。

         十

 その時分、根岸に住んでいたお絹が、今日は小女《こおんな》を連れて、どこの奥様かという風をして、山下を歩いて帰ります。
 雁鍋《がんなべ》の前へ来た時に、見たような人がその店から出かけたのに気がつきました。
 男と女と二人で微酔機嫌《ほろよいきげん》で店を出かけたうちの男の方が、東海道下りから甲州入りまで附纏《つきまと》って来たがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵に相違ないから、お絹は自分の面《かお》を隠そうとしました。
 しかし向うはちっとも気がつかないで、二人で笑いながら話し合って歩いて行きます。片腕の無い百蔵は前と変らず元気なもので、身なりなども小綺麗にしているのでした。女はと見れば、これは眉を落した年増《としま》でなかなか美
前へ 次へ
全135ページ中79ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング