いませんか」
「いや、役人も兵馬さんが盗賊するような人でないことはよく御存じなのだが、どうもちょうど、御金蔵へ盗賊が入った晩、兵馬さんがちゃんと身拵えをしていたのだから、どうしても、ほんものの盗賊が出て来るまでは、兵馬さんは赦《ゆる》されまいとこう思うのだ」
「そんなら早く、そのほんものの盗賊が捉まるように骨を折って上げてくださいまし」
「それはずいぶん骨を折るけれども、なにしろ悪いことをするような奴だから、どこにいて、いつ捉まるかわからねえ。それについてお松、お前に相談だが、俺がひとつ兵馬さんを牢内から盗み出して来るから、お前どこかへ兵馬さんを当分かくしてくれないか」
「ええ? 兵馬さんを御牢内から盗み出して来るって、伯父さんが?」
 お松は眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、
「伯父さん、そんなことをしないで、お役人によく仔細《わけ》を話して、そうでなければほかにその道の人を頼んで、兵馬さんを助けるようにして上げてくださいまし、お上《かみ》の牢内から盗み出すなんて、そんな危ないことをしてはおたがいのためにならないではありませんか」
「それだ、なにしろ今の時勢
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