はこんな時勢だから、真直ぐなことばかりは通らねえのだ、あたりまえのことをしていた日にはトテモ、急に兵馬さんを助け出すことはできねえのだ」
「困ったことでございますねえ、御牢内のおかかりよりも、もっと上のお役人を頼んでお願いをしてみたらどうでございましょう」
「そこに一つの当りがねえわけではねえのだ、実はあの方の係りが、お前の知っている神尾主膳様よ」
「神尾主膳様? あの伝馬町の、わたしの元の御主人様が……」
「いかにも。その神尾様がこちらを失敗《しくじ》ったものだから、甲府詰を仰付《おおせつ》かったのだ。お旗本で甲府詰になるのはよくよくで、もう二度と浮ぶ瀬がないようなものだ。それであの神尾様も甲府へ行って、自暴半分《やけはんぶん》になかなかよくないことをなさるそうだ」
「そんなら伯父さん、その神尾様が御牢内の方のお係りでありましたら、わたしがこれからあちらへ行ってお願い申してみましょう、兵馬さんは決してそんな悪いことをなさる人ではないということを、わたしから神尾の殿様によく申し上げて、お願い申してみましょう」
「それなんだ、お前も一旦の御主人であってみれば、お前から願ってみれば聞いて下
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