して、朝夕戦場のように見えることもあるけれど、こちらのお屋敷は静かであることなどを書きました。そうして幾度か読み直したりした上で、封をしてしまいました。
 それを枕元に置いてお松は床に就きましたが、兵馬のことを夢に見ました。夢に見た兵馬は嬉しい人であったが、やっぱり物足りない人でありました。
 翌朝起きて見ると、昨夜書いて机の上に載せて置いた自分の手紙の上に、それとは全く別の人の書いた一封の手紙が載せてあります。
「誰が置いて行ったのでしょう」
 お松はその手紙を取り上げて見ると、七兵衛の手蹟《しゅせき》でありました。
 封を切って読むと、
「兵馬様の身の上に変事が出来たから急に相談したい、少しばかり暇を願って、越後屋まで来るように」
とのことであります。
 お松は胸が潰《つぶ》れる思いがして、すぐさま朋輩に頼んで少しばかりの暇をこしらえて、越後屋の奥座敷へ訪ねてみますと、七兵衛が待っていました。
「突然にああ言ってやったから驚いたろう。困ったことが出来たというのは、兵馬さんが縛られて、甲府の牢へ入れられてしまったことだ」
「ええ、あの方が縛られて牢へ? それはいったい、どうしたわけで
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