いわけは聞き入れられませんでした。それで兵馬に縄をかけようと群《むら》がって来た時に、その中から分別ありげな武士《さむらい》が一人出て来ました。
「お見受け申すところ、お年若のようでもあるし、両刀の身分、且《かつ》は番町片柳殿の家中と申されるからには拙者にも多少の思い当りがござる、人違いして滅多なことがあってはよろしくあるまい。しかしながら、今宵の大変に出会いなされたが貴殿にとっての不仕合せ故、ともかくも尋常に奉行まで御同行下さるよう。委細の申し開きは奉行に逢ってなさるがよろしかろうと存ずる」
 こう穏《おだや》かに言われて、兵馬は大勢に囲《かこ》まれて勘定奉行《かんじょうぶぎょう》の役宅の方へ引かれて行ってしまいました。
 兵馬は勘定奉行の役宅へ預けられて、ほとんど牢屋同様のところでその夜を明かしました。夜は明けたけれども、兵馬の身の明《あか》りは立たなくなりました。
 盗賊の行方《ゆくえ》は一向わからない上に、彼らが忍び出でた痕跡《こんせき》のある濠端は、ちょうど兵馬が通りかかったと同じ方向でした。その上に、兵馬は神尾主膳を尋ねると言ったけれども、神尾は兵馬なるものをいっこう知らな
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