めてやって来たが、果して、
「待て!」
 バラバラと兵馬を取捲いて来た警固の者。
「神妙に致せ」
 そこで兵馬は調べられてしまいました。
「今時分、何しにここへ来られた」
「ちと用事あって」
「何用があって」
「神尾主膳殿まで罷《まか》り越《こ》したく」
「神尾主膳殿方へ? して貴殿は何者」
「拙者は江戸麹町番町、旗本片柳伴次郎家中、宇津木兵馬と申す者」
「神尾殿とは御昵懇《ごじっこん》の間柄か」
「まだ御面会は致しませぬ」
「面識もないものが、この真夜中に人を訪ねるとは心得難し」
「大切の用向あるにより」
「大切の用向とは?」
「それは、御城内勤番衆二三の方にも知合いがあるにより、事情を述べれば委細明白のこと」
「その言いわけは暗い。他国の者、夜中《やちゅう》このあたりを徘徊《はいかい》致すは不審の至り、尋常に縄にかからっしゃい」
「縄に?」
「温和《おとな》しくお縄を頂戴致せ」
「縄にかかるような覚えはない」
「手向いさっしゃるか」
「なかなか。縄をいただくべき覚えなきにより、手向い致す心もござらぬ」
「言い逃れを致さんとするか、不敵者」
「これは理不尽《りふじん》な」
 兵馬の言
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