《こあきな》いでもして堅気になると言い、七兵衛もそれを賛成したのに、まだこの辺に滞《とどこお》っていて、ついにこんなだいそれたことをやり出すようになったのか、さりとは測りがたないなりゆきと言わねばならぬ。
 兵馬はそのことから、七兵衛なる者に対する疑点が深くなりました。もしも彼は表面あんなことにしていて、内実はこんな悪事を働いている人間ではなかったか知ら。そうだと知れば、少なくともその世話になったことのある自分にとっては一大事だ。人は見かけによらぬもの、恃《たの》みがたないものであるわいと、兵馬も茫然《ぼうぜん》として我を忘れていました。
 その時に、追手《おうて》の橋の方で提灯の光あまた。
「櫓下の御金蔵破り! 出合え、出合え」
 兵馬は気がつけば、危ないこと、自分も疑われるには充分な立場にいる。さてどちらへ避けたものと思って見廻したが、どちらにも提灯。はて迷惑なことが出来たわいと思いました。
 兵馬はぜひなく覆面を外《はず》して追手通りの方へ引返しました。無論のこと、そこには警固の侍、足軽がたくさんいる、その網にひっかかるは覚悟の上で、ひっかかった時は尋常に言いわけをしようと心をき
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