きな者はねえけれども、時世時節《ときよじせつ》だから仕方がねえや、ばかにするない」
「貧乏人がどうしたと言うんだい、そりゃ銭金《ぜにかね》ずくでは敵《かな》わねえけれど頭数《あたまかず》で来い、憚りながらこの通り、メダカのお日待《ひまち》のように貧乏人がウヨウヨいるんだ、これがみんなピーピーしているからそれで貧乏人なんだ、金があるといってあんまり大きな面《つら》をするない、これだけの頭数はみんな貧乏人なんだ、逆さに振《ふる》ったって血も出ねえんだ、その貧乏人が組み合ったから貧窮組というんだ、貧乏でキュウキュウ言ってるからそれで貧窮組よ、ばかにするない」
大勢の貧窮組が口々に悪態《あくたい》をつき出したけれど、忠作は意地っ張りで、
「何とおっしゃっても私共は、皆さんが貸せとおっしゃるから貸して上げるだけの商売でございます、なにも皆さんに筋の立たない金を差上げる由がございませんから」
こう言い切って、玄関の戸をバタリと締めてしまって、中へ引込んだから納まらない。
「それ、打壊してしまえ」
ついに貧窮組がこの家の打壊しをはじめました。
貧窮組の一手は、ついに忠作の家をこわし始めました。火をつけると近所が危ないから火はつけないで、門、塀、家財道具を滅茶滅茶に叩き壊します。忠作は素早く奥の間に駈け込んで、証文や在金《ありがね》の類を詰め込んで用心していた葛籠《つづら》の始末にかかると、いつのまに入って来たか覆面《ふくめん》の大の男が二人、突立っていました。
この大の男は、貧窮組とは非常に趣を異にして、その骨格の逞《たくま》しいところに、小倉《こくら》の袴に朱鞘《しゅざや》を横たえた風采が、不得要領の貧窮組に見らるべき人体《にんてい》ではありません。忠作が始末をしている葛籠のところへ来て、黙って忠作の細腕をムズと掴んで捻《ね》じ倒すと同時に、一人の男はその葛籠を軽々と背負って立ち上ります。
「どろぼう!」
忠作が武者振《むしゃぶ》りつくのを一堪《ひとたま》りもなく蹴倒《けたお》す、蹴られて忠作は悶絶《もんぜつ》する、大の男二人は悠々《ゆうゆう》としてその葛籠を背負って裏手から姿を消す。
貧窮組は表から盛んに叩きこわしていたが、いいかげん叩きこわしてしまうと、鬨《とき》の声を揚げて引上げました。
もとより宿意あっての貧窮組ではないから二度まで盛り返して来ず、昌平橋
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