す。
「それ、やって来た」
 忠作は苦い面《かお》をして玄関へ出て見ると、威勢のよい遊び人風をしたのが二三人先へ立って、あとは雑多の貧窮組。
「へえ、御存じの通り町内でも貧窮組をこしらえましたから、こちら様でも、どなたかおいで下さるように。もしお手少なでございましたら、幾分か費用の寄進についていただきたいものでございます」
 それを聞いた忠作は、
「せっかくでございますが、私共は無人《ぶにん》でございますから」
「それではどうか、思召しの寄進をお願い申します、この通り町内様でみんな賛成をしていただいたんでございますから」
 帳面を繰りひろげて、鰻屋《うなぎや》では米幾俵、薪炭屋《すみや》では店の品|幾駄《いくだ》というように、それぞれ寄進の金高と品物の数が記されたのを見せると、
「宅《うち》なんぞはこの通り裏の方へ引込んでおりまして、とても表通りのお歴々と同じようなお附合いは致し兼ねまする、どうかそれは御免なすって下さいまし」
「それでは、誰か貧窮組へ出ておくんなさるか」
「宅は女と子供ばかりで」
「やい、ふざけやがるな、貧窮組を何だと思ってるんだ、ぐずぐず吐《ぬか》すとこっちにも了簡《りょうけん》があるぞ」
「皆さんの方に了簡がおあんなさるなら、了簡通りになさいまし、宅では貧窮組なんぞへ入る人間は一人もございませんし、そんなところへ出すお金なんぞ鐚一文もございません」
「何だと、この若造! やい、みんな聞いたか、今のこの野郎の言草《いいぐさ》を聞いたか」
 威勢のいい兄《あに》いが片肌を脱いでしまいました。それに続いた面々がみな眼を三角にする。
「貧窮組なんぞへ入る人間は一人もねえんだとよ、そんなところへ出す銭は鐚一文《びたいちもん》もねえんだとよ、みなさん方に了簡がおありなさるなら了簡通りになさいましと吐《ぬか》したぜ。べらぼうめ、了簡通りにしなくってどうするものか、貧窮組を何だと思ってやがるんだ、憚《はばか》りながら貧窮組は貧乏人だ」
「ここの宅《うち》は、これで金貸しをしてやがるんだ、貧乏人泣かせの親玉はここの宅なんだ、いまのあのこましゃくれた若造が、あれで鬼みたような奴なんだ、主人はお妾上りだということだ、金持を欺《だま》して絞り上げたその金で、高利を貸して、今度は貧乏人の生血《いきち》を絞ろうというやつらなんだ、だから貧窮組が嫌いなんだろう、誰も貧乏の好
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