いで、小無頼漢のうちの抜目のないのがこれを利用することになりました。
困ったのは道庵先生で、本業の医者をそっちのけにして貧窮組の太鼓を叩いて歩いています。因果なことに先生には、こんなことが飯よりも好きなので、ただ嬉しくてたまらないのです。嬉しまぎれに、一種の煽動者となってしまったけれど、時々穏健な説を唱えて、たいした乱暴を働かせまいと苦心しているのは感心なものです。
この貧窮組が昌平橋に夜営している時分に、これより程遠からぬところに住居《すまい》している金貸しの忠作は、お絹と夕飯を食いながら、呟《つぶや》いて言うには、
「悪いことが流行《はや》り出した、ここは表通りではないけれど、そのうちには何か集めに来るだろう、その時は手厳《てきび》しく断わってやる」
お絹はそれに対して、
「そんなことをして悪《にく》まれるといけないから、少しぐらい出してやった方がよいだろう」
「いけません、癖になるからいけません、あんな性質《たち》の悪い組合をお上が取締らないというのが手緩《てぬる》い」
忠作は子供のくせに、このごろではもう前髪を落して、肩揚《かたあげ》の取れた着物を着て、いっぱしの大人ぶっています。
「でも、大勢に悪《にく》まれてはつまらない」
お絹は気のない面《かお》をしていたが、忠作はいっこう撓《ひる》まずに、
「貧乏な奴は日頃の心がけが悪いんだ、有る時は有るに任せて使ってしまい、無くなると有る奴を嫉《そね》んで、あんな騒ぎを持ち上げる、あんなのを増長させた日には、真面目《まじめ》に稼《かせ》いでいる者が災難だ、わしは鐚一文《びたいちもん》もあんなのに出すのは御免だ」
「そんな一国《いっこく》なことを言って、大勢の威勢で打壊《ぶちこわ》しにでも会った日には、ちっとやそっとの金では埋合せがつかない」
「たとえ打壊しに逢ったからと言って、あんな筋の違ったやつらに物を出してやることはできません。あんなのが出来たために日済《ひなし》の寄りの悪いこと。いったい役人が何をぐずぐずしているんだろう、いちいち括《くく》り上げて牢へぶち込むなり、首を斬るなりしてしまえばいいのだ」
こんなことを言っている時に、表の戸がガラリとあいて、
「へえ、御免下さいまし、町内でもいよいよ貧窮組をこしらえますから、お宅様でもどうか応分の御助力を願いたいもので」
ドヤドヤ入って来たものがありま
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