《は》せつけました。
兵馬は望月家の門前へ立って案内を乞うと、なるほど広庭でもって若い者が大勢、剣術の稽古をして喚《おめ》き叫んでいました。
胴ばかり着けて莚《むしろ》の上で勝負をながめていた若い者の頭分《かしらぶん》らしいのが出て来て、
「何の御用でござりまする」
「あの宮の辻と申すところに出ている梟首《さらしくび》のことに就いてお尋ね致しとうござるが」
「あ、あの梟首のことに就いて……そうでございますか、まあどうかこれへお掛けなすって」
若い者の頭分は、そのことに就いて語ることを得意とするらしく、喜んで兵馬を母屋《おもや》の縁側へひくと、村の剣客連はその周囲へ集まって来ました。
「今からちょうど五日ほど前のことでございました。当家の望月様へ甲府の御勤番と言って立派な衣裳《なり》をしたお武士《さむらい》が二人、槍を立て家来を連れて乗込んで来ましたから、不意のことで当家でも驚きました。ちょうどそれにおめでたいことのある最中でございましたから、なおさら驚きました。けれども疎略には致すことができませんから、叮重《ていちょう》にお扱い申して御用の筋を伺うと、いよいよ驚いて慄《ふる》え上ってしまいました。その勤番のお侍衆の言うことには、当家には公儀へ内密に夥《おびただ》しい金銀が隠してあるということを承わってその検分に来た、さあ隠さずそれを出して了《しま》えば内済《ないさい》ですましてやるが、さもない時には重罪に行うという申渡しなんでございます。あんまり突然《だしぬけ》に無法な御検分でございますから、当家の老主人も若主人も、親類も組合も土地の口利《くちきき》もみんな呆気《あっけ》に取られてしまいました。尤《もっと》も当家には金銀が無いわけではございませぬ、金銀があるにはあるのでございます、他に類のない金銀が当家には蔵《しま》ってあるには違いございませんけれども、その蔵ってあるのはあるだけの由緒《いわれ》があって蔵ってあるので、決して公儀へ内密だとか、隠し立てを致すとか、そんなわけなのじゃございません、先祖代々金銀を貯えて置いてよろしいわけがあるんでございますから、まあそれからお聴き下さいまし……御存じでもございましょうが甲州は金の出るところなんでございます。金の出るのは国が上国《じょうこく》だからでございます。その金の出ますうちにもこの辺では雨畑山《あまはたやま》、保
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