大菩薩峠
市中騒動の巻
中里介山

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)白根《しらね》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)得意|想《おも》うべし

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]
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         一

 白根《しらね》入りをした宇津木兵馬は例の奈良田の湯本まで来て、そこへ泊ってその翌日、奈良王の宮の址《あと》と言われる辻で物凄い物を見ました。兵馬が歩みを留めたところに、人間の生首《なまくび》が二つ、竹の台に載せられてあったから驚かないわけにはゆきません。捨札《すてふだ》も無く、竹を組んだ三脚の上へ無雑作《むぞうさ》に置捨てられてあるが、百姓や樵夫《きこり》の首ではなくて、ともかくも武士の首でありました。
「これは何者の首で、いかなる罪があって斯様《かよう》なことになったものでござるな」
 通りかかった人に尋ねると、
「これは悪い奴でございます、甲府の御勤番衆《ごきんばんしゅう》の名を騙《かた》って、ここの望月様という旧家へ強請《ゆすり》に来たのでございます。望月様は古金銀がたくさんあると聞き込んで、それを嚇《おど》して捲き上げようとして来ましたが、悪いことはできないもので、ちょうどこの温泉に泊っていたお武士《さむらい》に見現わされて、こんな目に会ってしまいました。あんまり図々《ずうずう》しいから首はこうして晒《さら》して置けとそのお武士がおっしゃる、望月様もあんまり酷《ひど》い目に会わせられましたから、口惜しがって、その武士のお言付《いいつけ》通り、ここにこうして見せしめにして置くのでございます。今日で三日目でございます」
「して、その望月というのはいずれの家」
「あの森蔭から大きな冠木門《かぶきもん》が見えましょう、あれが望月様でございます、たいへんに大きなお家でございます。もしこの悪者の余類が押しかけて来ないものでもないと、このごろは用心が厳重で、若い者を集めて夜昼《よるひる》剣術の稽古をやったり鉄砲などを備えて置きますから、あなた様にもその心持でおいでにならないと危のうございますぞ」
 こんなことを話してくれましたから、兵馬は教えられた通りその望月家の門前へ走
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