だ、ムクだ。ムクは何をしているんだろう、みんながあんな目に会っているのに、ムクは何をしているんだろう。おおそうそう、ムクは芸が済むと、いつもあの鉄の棒につながれていたから、ことによると、あのまんまで誰も気がつかないで、ムクを鎖で繋ぎ放しにしておくんじゃないかしら。それだといくらムクだって動けやしない、みんながあんな目に遭っても助けてやりたくても助けられやしない。きっとそうだ、ムクは繋ぎ放しにされてあるに違いない。そんならムクは人を助けるどころではない、自分がこの中で焼き殺されてしまうじゃないか、かわいそうに。ムクがかわいそうだ、ムクや、ムクや」
お君はムクの名を連呼して、驀然《まっしぐら》にこの火の中へ飛び込んでしまいました。煙に捲かれることも、火に煽《あお》られることも考える余裕はなくて、お君は火の中へ飛び込んでしまい、
「ああ、ムク、怪我をしないでいておくれかい、鎖につながれているだろうね、今解いて上げるから待っておいで」
袖で面《かお》を隠して烟の中に駈け込んだお君の手が鎖にかかると、ムクは五体が張り裂けるばかりの身震いをしました。
「ああ、早く逃げよう、逃げておくれ」
難
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