見るものではない、ありゃ士君子の見るべからざるものだ」
「みんな中で笑っている」
「因果娘、蛇使い、こんなものの前は眼をつぶって通れ」
「そうですか」
「後ろから見ると、あの通り美しい女に見えるが、前に廻って見れば言語道断《ごんごどうだん》のものだ。さあ与八、ここに軽業《かるわざ》がある」
「なるほど、こりゃあ軽業だ、軽業、足芸、力持。やあ、大した看板だ、この小屋が今までのうちでいちばん大きいね、これなら一万五千人ぐらい、人が入れべえ」
「そんなに入れるものか、千人は入れるだろうな」
「やあ、あんな高いところで、よくあんな芸当ができるものだなあ。あんな綺麗な面《かお》をした娘が逆《さか》さになって、足で盥《たらい》を組み上げて、その上で三味線を弾いてらあ、エライものだなあ。こっちの方は綱渡りか」
 与八は余念なくこの立看板を仰向《あおむ》いて見て行くうちに、
「大評判、印度人槍使い」
 ちょうどまん中のところに掲げられた、わけて大きくした絵看板の前まで来ました。
「先生、この槍使いの面《かお》は、こりゃ何という面だ」
「はははは」
「面も身体も真黒で、眼を光らかして、裸体《はだか》で槍
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