愛想《あいそう》を尽かしたけれども、お前の方にはまだ見込みがあるんだな。お前またあすこへ行ってみる気があるのかい」
「そうですねえ、あの親方さんが親切に言ってくれるものだから」
「そうか……」
 二人は両国橋を渡ります。夜風が吹いて川を渡るのに、見世物場では賑やかな燈火《あかり》。二人はこし方《かた》とゆく末を話し合って、後ろに跟《つ》いて来たムクのことを忘れていました。

         二

「君ちゃん、俺らもようやく奉公口がきまったよ」
 米友が言って来たのは、それからいくらもたたない後のことでありました。
「そうかい、それはよかったねえ、どんなところなの」
 着物を畳んでいたお君が莞爾《にっこり》しました。
「金貸しの家だよ、このごろ金貸しを始めた家なんだよ」
「金貸し? お金を貸して利息を取る商売なの」
「そうだよ」
「金貸しは貧乏人泣かせで、罪な商売だというじゃないか」
「罪な商売かも知れねえが、俺らがそれをやるわけじゃない、俺らはただ奉公人なんだから」
「そりゃそうさ。まあ、何でもよく勤めさえすりゃいいんだろう」
「家の留守番をして、庭でも掃いていりゃいいんだとさ。俺ら
前へ 次へ
全115ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング