たか、やがて下谷の山崎町の太郎稲荷《たろういなり》のところまで来てしまいました。そこへ来ると、門前に黒山のように人がたか[#「たか」に傍点]っています。
「貧窮組《ひんきゅうぐみ》が出来たんだ、貧窮組」
 米友が社前をのぞいて見ると、大釜《おおがま》が据《す》えてあってそれでお粥《かゆ》を煮ています。世話人のような威勢のいいのが五六人で、そのお粥の給仕をしてやると、群がり集まった連中がうまそうに食っています。切溜《きりだめ》の中には沢庵《たくあん》や煮染《にしめ》や、さまざまのお菜《かず》が入れてあります。
「有難え、貧窮組が出来た」
 その大釜からお粥を貰って食べている人を見ると、貧乏人ばかりではないようです。乞食非人の体《てい》の者などは一人もいないで、小さくともみんな一家を持っているような人間ばかりですから、米友も変に思って見ていると、しまいには給仕をしていた世話人らしいのが、そのお粥《かゆ》を食いはじめます。そうすると、今まで食べさしてもらった貧窮人が、今度はかわりあってお給仕をしてやっているから、米友はいよいよ変に思って、
「施《ほどこ》しをするんだか、されるんだかわからねえ」
と言ってる口許《くちもと》へ世話人が、お粥の椀を持って来て、
「さあ食いねえ、貧窮組」
 米友は煙《けむ》に捲かれてそのお椀を手に取りました。あとからあとからとやって来る連中、見れば必ずしも食うに困るような貧乏人のみではないと見えるのが、
「貧窮組が出来たそうで、どうかお仲間にしていただきとうございます」
 お粥を貰っては食べ、食べてしまうと給仕方に廻る。誰も少しも遠慮をするでもなければ、お礼を申し述べるでもないから、米友も調子に乗ってそのお粥を食べてしまいました。腹のすいている時だから、うまい。ペロリと一杯を平らげた時、またお代りを世話人が鼻先へ持って来てくれたから、それもペロリと平らげてしまいました。とうとう四杯まで、米友がそのお粥を平らげてしまって沢庵をかじっていると、
「さあ、これから広小路へ押し出すんだ」
 この連中が雪崩《なだれ》を打って太郎稲荷を押し出したから、米友もそれと一緒になって跛足《びっこ》を引きます。
「貧窮組」というのもおかしなもので、誰がもくろんで、誰が煽動《おだて》たともないうちにこうして大勢が集まって、町内から町内へと繰込んで行くのです。物持の家へ行っては、米とお菜と金を貰って、それでお粥をこしらえて食います。それを食ってしまうと、また鬨《とき》の声を上げて次の町内へ繰込みます。こちらに一組出来ると、あちらに一組出来ます。けれどもおかしなことには、別にそれが乱暴を働くというのではありません。ただこうして町内から町内を食って歩くだけのことらしいのです。それに江戸名物の弥次馬《やじうま》が面白がってくっついて飛び出す。出ないと幅《はば》が利《き》かなくなったり憎まれたりするから、表通りの商人までがこの貧窮組へ飛び込んでお粥の施しを受け、いっぱしの貧窮人らしい面《かお》をします。
 この連中が、昌平橋のところへ来て、町角へ大釜を据えました。誰がどこから持って来たか荷車が二三台、米とお菜がたくさんに積んであります。そうすると川の向うとこちらから、貧窮人が真黒くなって押し出して来ました。
 しかしながら昌平橋で貧窮組と別れた米友は、ひとり柳原河岸へやって来ました。
「お蝶さん」
「だあれ」
 米友に呼ばれた夜鷹のお蝶は、土蔵の裏から出て来ました。
「あら、お前さんはお金を落した人」
「お蝶さん、俺《おい》らはお礼に来たんだ」
「お礼なんぞ……」
「お礼といったところで、何も土産《みやげ》を持って来やしないよ、俺らは主人の家を追《お》ん出《で》ちまったんだから」
「まあ、追い出されたの」
「追ん出されたんじゃない、追ん出たんだ」
「どうして追ん出たの」
「自分から出ちまったんだ、あんまり癪《しゃく》にさわるから出ちまったんだ、お前さんに拾ってもらった財布を家の中へ叩き込んで、それっきりで家を追ん出ちまったんだ。それだから、今の俺らは一文無しで宿なしよ。お前さんにはお礼をしなくちゃ済まねえのだが、そういうわけで、せっかくお金を拾ってもらったが、お礼をすることができねえんだ。けれどもね、黙っていちゃ悪いから、口だけで、お礼を言いに来たんだ。また俺らがどこか奉公口が見つかって、小遣《こづかい》でも出来たら改めてお礼に来るから、悪くなく思ってもらいてえ」
「まあ、お前さんはなかなか感心な人ね、その心持だけでたくさんよ。けれども、旦那の家をムカッ腹で飛び出すなんて、それはお前さんが若いからよ、思い直して、お詫《わ》びをしてお帰りよ」
「いやなことだ、いやなことだ」
「一国《いっこく》な人だねえ。そうして、これからどこへ行くつもりなの
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