ういう趣向はどうだ、手荒いことをしなくても、女を逃さねえようにする法がある、それは裸《はだか》にして置くことだ、裸にしておけば、女は恥かしがってどこへも逃げやしねえ、そうしておいてから籤を引いた方がよかろう」
「なるほど、おれたちの仲間には智恵者が多い、裸にしておけば女は暗いところにいたがって、明るい方へ出るのをいやがる、それはいいところへ気がついた、それはいい心がけだ」
 折助はとうとう、こういう決議をしてしまいました。
「そうきまったら、ゆっくりするがいい、誰か火種を持っていねえか、一ぷくやってから仕事にかかりてえ」
 この時、一蓮寺の境内で盛んに燃えている見世物小屋の火の手を快《こころよ》げに折助どもが見返って、それから悠々仕事にかかろうと言っている途端に、
「あっ、何だ、どうしたんだ、えっ、どうしたと言うんだ、痛い!」
 暗中摸索《あんちゅうもさく》、折助どもがひっくり返り且《か》つひっくり返り、何をどうしたのか一時に混乱して騒ぎ出しました。
「やっ、狼だ、狼だ、狼が出て来やがったぞ、ソレ大変だ」
 山国にいると狼の怖るべきことを誇張して聞かされます。その狼の来襲と聞いて、さしもの折助どもが総崩れに崩れ立ったのは無理もないことです。鳥の羽音でさえ大軍を走らすのだから、狼の一声が折助を走らすのはまことに無理もないことでした。
 事実また、この真暗な中へたしかに真黒な怪物が音も立てずに飛び込んで来て、ヒラリヒラリと飛び違えながら、当るを幸いに折助を噛《か》みつぶし噛みつぶして廻る早業《はやわざ》は、たしかに類を呼ぶ千疋狼の類《たぐい》が、よき獲物ござんなれと、一挙に襲いかかったものとしか思われません。
 それ狼! と言って総崩れに崩れて逃げ出したから、まだ幸いでした。もしぐずぐずしていて、それは狼ではない、犬だ、なんぞと正体を見届けたつもりで踏み止まろうものならば、挙げて一人も残さず折助が噛み伏せられてしまったに違いない。それでも一人か二人の死人を残し、多数の怪我人を出して、逸早《いちはや》くこの場を逃れ得たのが幸いでありました。
 しかし、かわいそうに軽業の女たち、折助は逃げ去ったが今度はいっそう怖ろしい骨までしゃぶる獣、それの襲撃と聞いて歯の根が合わなくなりました。けれどもその怖ろしい獣は、存外、女たちにはおとなしくありました。
 縛られて歯の根の合わない女
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