って庭を廻りました。
米友の友造が貸金を集めに行ったあとでも、忠作はなお一生懸命に算盤《そろばん》と首っ引きをしているところへ入り込んで来たのが、丸髷《まるまげ》の町家風《ちょうかふう》の年増でありました。いつのまに変ったか、これは妻恋坂《つまこいざか》のお絹であります。
「七軒町の小間物屋さんが申しわけに来たから、そんならそれでよいと言って帰してしまいましたよ」
「帰してしまったって?」
忠作は渋面《じゅうめん》をつくって後ろを見返り、
「帰してしまっては困るじゃありませんか、あの口は十五両一分で貸してあるんですよ、今時《いまどき》、ああいう走りの金を、十五両一分で融通するなんというのは格別の計らいなんですよ、それを有難いとも思わずに、待ってくれ待ってくれで、今日で三日目だろう、いいわ、いいわで帰してもらっちゃ困りますね」
「でも、あの人は気前のいい人だから、ありさえすりゃあ返すんだろうけれども、無いから返せないのだろう、性《しょう》の知れた人だから少しぐらい待って上げたっていいだろう」
「これは驚いた、そんな了簡《りょうけん》で金貸しができるものか。今度来たら私のところへ取次いで下さい、私が掛合うから。いや、そんな間緩《まぬる》いことをいってはおられん、今晩にも私が出向いて行って取って来ますから」
「いいじゃあないかね、二日や三日は」
「いけません、そんな了簡では金貸しはできません」
「金貸しという商売も思ったより忙《せわ》しい商売だねえ」
「忙しくって結構、忙しくないようでは上ったりですよ。おかげさまで、これごらんなさい、帳面尻《ちょうめんじり》が鼠算《ねずみざん》のように殖《ふ》えてゆく。どうです、おばさん、元金が利息を生み、利息がまた子を産むんですからね、その子がまた孫を産むんですから、ほうっておいてもメキメキと殖えてゆくんですよ。おばさんも少し算盤《そろばん》の勘定を覚えて下さい、利息の見積りなんぞを呑込んでおいてくれないと困る、私一人で朝から晩までやっているのも面白いけれど、おばさんにも少し覚えておいてもらわないと困ることがあるでしょう」
「使う方ならいくらでも引受けるが、儲《もう》ける方は面倒《めんどう》くさい」
「そうではありませんよ、その道へ入ってみるとこんな面白いことはない、なにしろ二十五両一分というのが利息の通り相場で、二十五両貸して月に
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