たから、お関所も無事に通ることができたんだよ」
「そうだ、それからとうとう、おれを印度人に化けさせやがった。はじめの考えでは、俺《おい》らはあの道庵先生を頼って行くつもりであったが、途中で印度人に化けるようなことになっちまった」
「これからどうしようね」
「どうしようと言ったって、まあ今夜はどこか木賃《きちん》へでも泊って、ゆっくり相談するとしよう」
「あの親方が言うのにはね、君ちゃん、お前は一旦ここを出ても、気があったらまた戻っておいで、どんなにも相談に乗って上げるからと、出る時に親切に言ってくれたのよ」
「俺らにはそんなことを言わなかったが、お前にだけそんなことを言ったのかい」
「そうだよ、わたしにだけ内密《ないしょ》に言ってくれたの。江戸に居悪《いにく》ければ旅へ出た時に、まだ仕事はいくらでもあるから、どこへか落着いたら居所《いどころ》を知らせてくれと言ってくれましたよ。そうして今晩も泊るところがなければ、両国橋を渡ると向うに知合いの宿屋があるから、そこへ行って親方の名をいえばいつでも泊めてくれると、その所や宿屋の名前まで、よく教えてくれましたよ」
「はは、それでは親方は俺らには愛想《あいそう》を尽かしたけれども、お前の方にはまだ見込みがあるんだな。お前またあすこへ行ってみる気があるのかい」
「そうですねえ、あの親方さんが親切に言ってくれるものだから」
「そうか……」
 二人は両国橋を渡ります。夜風が吹いて川を渡るのに、見世物場では賑やかな燈火《あかり》。二人はこし方《かた》とゆく末を話し合って、後ろに跟《つ》いて来たムクのことを忘れていました。

         二

「君ちゃん、俺らもようやく奉公口がきまったよ」
 米友が言って来たのは、それからいくらもたたない後のことでありました。
「そうかい、それはよかったねえ、どんなところなの」
 着物を畳んでいたお君が莞爾《にっこり》しました。
「金貸しの家だよ、このごろ金貸しを始めた家なんだよ」
「金貸し? お金を貸して利息を取る商売なの」
「そうだよ」
「金貸しは貧乏人泣かせで、罪な商売だというじゃないか」
「罪な商売かも知れねえが、俺らがそれをやるわけじゃない、俺らはただ奉公人なんだから」
「そりゃそうさ。まあ、何でもよく勤めさえすりゃいいんだろう」
「家の留守番をして、庭でも掃いていりゃいいんだとさ。俺ら
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