れを拾うてくれる、男の世話にもなり、女の世話にもなる、世話になるということは誉《ほまれ》のことではあるまい、いわんや一匹の男、女の世話になって旅をし病を養うというのは、誉ではあるまい、それを甘んじているおれの身も、またおかしなものかな。おれは女というものではお浜において失敗《しくじ》った、お豊においては失敗らせた、東海道を下る旅、道づれになったお絹という女、あの女をもまた、おれはよくしてやったとは思わぬわい。おれは女に好かれるのでもない、また嫌われるのでもない、男と女との縁は、みんな、ひょっとした行きがかりだ、所詮《しょせん》男は女が無くては生きて行かれぬものか知ら、女はいつでも男があればそれによりかかりたいように出来ている。恋というのは刀と刀とを合せて火花の散るようなものよ、正宗《まさむね》の刀であろうと竹光《たけみつ》のなまくらであろうと、相打てばきっと火が出る、一方が強ければ一方が折れる分のことだ。おれをここまでつれて来て湯に入れてくれる女、それはあの女の親切というものでもなければ色恋《いろこい》でもなんでもない、ちょうどあの女が夫を失うて淋《さび》しいところへ、おれが来たから、
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