いるという話だけれど、こっちの方を通ればそんなものは出て来やしない」
「けれども、あっちを通れば徳間の方へは近いのだろう」
「近いには近いけれど、なにも、わざわざお化けや狼に食われに行かなくてもよかろう」
「そうお前のように、いちいち理窟攻めにされてはたまらない、ただ聞いてみただけのことだよ」
「だから親切に教えて上げるんだよ、燧台《のろしば》の後ろへは土地の人だって行きゃしない」
「そうして小僧さん、お前はお化けや狼の出るという山の傍で、鮪《まぐろ》や鯨より大きな金目《かねめ》のものを持っていて、それで怖《こわ》くはないのかい」
「ナニ、怖いことがあるものか、悪いことをしていなけりゃ怖いことはねえ」
「それでもお前、その袋にいっぱい入っている黄金《きん》の塊《かたまり》を盗まれたらどうする」
「ははは」
「泥棒が、お前の後ろから不意に出て来て、その黄金の塊をよこせと言ったらどうする」
「ははは、よこせと言ったら遣《や》っちまうよ、この袋の中にある黄金なんぞは、いくらのものでもありゃしない」
「でもお前、大金だろう」
「ナーニ、これっぽっち。気の利いた泥棒はこんなものに目をくれやしない
前へ
次へ
全100ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング