ないんで、うっかり七兵衛とおっしゃると罰《ばち》が当りますよ」
「罰が当る?」
「そうでございます、御承知の通り私共は韋駄天《いだてん》の生れかわりでございまして、下手《へた》に信心をするとかえって罰が当ります」
こんな話をしてその晩はここに泊り、兵馬と七兵衛はその翌朝、暗いうちに福士川の岸を上ります。
岸がようやく高くなって川が細くなる。細くなって深くなる。峰が一つ開けると忽然《こつねん》として砦《とりで》のような山が行手を断ち切るように眼の前に現われる。七兵衛は平らな岩の上に立って谷底を見ていたが、
「この水は、あの山を右と左から廻《めぐ》ってここで落合《おちあい》になるようだが、徳間はあの山の後ろあたりになるだろう、ここらあたりから向うへ飛び越えて行けば妙だが」
山の裾《すそ》から谷底、向うの岸をしばらく眺めているうちに、
「はて、この谷の中に何かいるようだ」
七兵衛は蔽《おお》いかぶさった木の中から谷底を覗《のぞ》く。なるほど、ガサガサと物の動くような音がします。
「宇津木様、この下に何かいますぜ、熊か猪か、それとも鹿か人間か、ひとつ探りを入れてみましょう」
手頃の石
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