「いずれへ逃げたか知らぬ、斬ると逃げた、そのままわしは眠くなってここへ倒れて寝た故に、前後のことは更にわからぬ」
「悪い奴でござんすなあ。皆さん、その手をここへ持って来て、お武家様にお目にかけるがよいぞや、お見覚えがありなさんすかも知れぬ」
「それもそうでござんすな」
 お浪が拾って来た、がんりき[#「がんりき」に傍点]の片腕。
「どうぞこの悪い奴の片腕を、篤《とく》とごらん下されましな」
「はは、わしは眼が見えぬのじゃ、この通り不自由者じゃ」
「お目がお不自由……まあ、そうでござんしたか、それは失礼なことを」
 山の娘たちは、今更のように竜之助の面を見る。
「ああ、皆さん、この片腕はなあ」
 腕を持って来たお浪が、何か気がついたように叫ぶ。
「その片腕が、どうなさんした」
「この片腕には入墨がしてありますぞいな。この入墨は甲州入墨といって、甲州者で悪いことをしたのが、甲府の牢屋《ろうや》へつながれて追い出される時に、この入墨をされるのじゃわいな」
「まあ、どこにそんな入墨が」
「これ、この通り、手首から五寸ほどのところに二筋の入墨」
 なるほど、斬り落された腕にはその通りの入墨が
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