また、危難の暗示ある時は、遠のいていたものが必ず密集する、そうして組の頭《かしら》の取締りの者がまず口を開くまでは、なんとも言わないのが例となっているのでした。
「皆さん」
真中に立った頭の女は三十ぐらいの年頃で、血色がよくて分別のありそうな人。
「はい」
一同は神妙に返事をする。
「身延参りをなさんす旅の人が、今これで追剥《おいはぎ》にあいなさったようじゃ。これから先の道が危ない。皆さんたち甲州入りをなさる気か、それとも駿河の方へ帰りますか」
「それは姉さん次第」
「それなら皆さん、駿河へ帰るも甲州へ入るも人家までは同じぐらいの道程《みちのり》、いっそ甲州へ入ることに致しましょう」
「承知しました」
「わたしが先へ立って参ります、お浪さん後からおいでなさい、いちばん若い人を真中にして」
「心得ました」
「わたしが音頭《おんど》を取りますから、人家へ出るまで皆さん、歌をうたって下さいまし」
「よろしゅうございます」
「それで、人家へ着いたなら、お役人の方へ御沙汰《ごさた》をしなくてはならぬから、一通り、あの人の殺されているところを調べて参りましょう。さあ一緒になって」
一団になっ
前へ
次へ
全100ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング