あれば、殿様をまた昔の殿様にしてお目にかけますがなあ」
「金があれば、権六を昔の権六にしてやるのだが」
主従はまた面《かお》を見合せる。
「金というやつは、こっちでのぼせればのぼせるほど向うが逃げて行く、上手《じょうず》に使える奴のところへは出て来ないで、薄馬鹿《うすばか》のような奴を好いてウンと集まる、始末の悪いやつだ」
「あるところにはある……もんでございますが、無《ね》えところには逆《さか》さに振っても無え」
「あるところにはある……権六、そのありそうなところを知ってるか」
これは別に意味がありそう。
「ありそうなところ……とおっしゃいましても、そりゃまあ、ありそうなところには……」
「甲州は金《きん》のあるところだ」
「そりゃ、どこにしましても、あるところにはありますな、甲府も御城内の御金蔵《ごきんぞう》へ参れば唸《うな》るほどお金もございましょうけれど、そりゃあるだけのことで、よし御金蔵で金が唸って悶掻死《もがきじに》をしていようとも、手を出すわけにはいきませんからな」
「誰も御金蔵へ手を出せとは言わない、御金蔵のほかに甲州で金のあるところを、権六、貴様は知ってるだろう」
「御金蔵のほかにお金のありそうなところ、はてな、それは物持ちのところには、相当のお金があるでございましょうよ、それがあったにしてみたところで、やっぱり詰りませんな」
「権六、性根《しょうね》を据えて考えてみろ、公儀の金や町人の金銭に眼をつけたところで始まらないじゃないか、誰が取ってもさしさわりのない金がこの甲州にはウントあるのだ、言って聞かすまでもなく、その金は山の中にある、信玄公もそれを掘り出した、東照権現《とうしょうごんげん》もそれを掘り出した」
「なるほど」
「宝の山に入《い》りながら手を空《むな》しゅうしているというのはこのことではないか、甲州という金の出る国に来ていながら、おたがいにこうして面《かお》を見合って金が欲しい金が欲しいと溜息《ためいき》をついているのが愚の骨頂《こっちょう》だ」
「それは御意の通りでございますが、山ん中の金は見つけるのが事で、掘り出すのがまた事で、それを吹き分けるのがまた一仕事でございますからなあ」
「はははは、権六、貴様も根っから正直に物を考える男だ。まあ近く寄れ、もっと近く寄れ、手を濡らさずに、山の中から金を見つけて、掘り出して吹き分けて使いこなす仕組みがあるのだ」
「へえ、それは耳寄りでございますねえ」
権六は主膳の近くへ膝行《にじ》り寄る。そうすると主膳の声がいっそう低くなって、権六のほかは何人《なんぴと》にも聞き取れない声で、
「実はな、御支配の下で、ずうっとこの白根《しらね》の奥に奈良田というところがある、そこに望月という郷士の家がある、これは徳川家以前の旧家で、天文永禄《てんぶんえいろく》あたりから知られている家柄だ、そこの家でいま婚礼がある、この東の八幡村というところから嫁が行ったそのお届があったから、拙者は何心なくその家のことを聞いてみるとな、望月というのは甲州金の金掘《かねほ》りをする総元締《そうもとじめ》を代々預かっていて、表面に現われた財産も少ないものではないが、先祖以来、穴倉《あなぐら》に隠して置く金の塊《かたまり》は莫大《ばくだい》なものだという噂《うわさ》」
神尾主膳は結局、その金の塊を突き留めてみたらば、思いのほかの掘出し物があるかも知れないということ、それはちょうど今度の婚礼問題がよい機会であって、役目を笠にいくらでもその高圧の手段はあるようなことを言います。
聞き終った権六は、
「なるほど、そいつは近ごろ面白い見付物《みつけもの》でございます、まかりまちがっても嚇《おどか》しで済む、うまくゆけば金脈に掘り当てる、転んでも大した怪我はなかりそうなのに、儲《もう》かれば大山だ。よろしゅうございます、それだけの絵図面で、造作《ぞうさく》と建具の細かいところは、しかるべき相棒《あいぼう》を見つけて俺共《わっしども》の方で万事気をつけることに致しまして、早速、仕組みにかかることに致しましょう」
「うまくやってくれ。それで権六、これが身共の徳川への奉公納めだ」
「奉公納めとおっしゃるのは?」
「もう徳川も下火だ、我々も、いつまでこうしていられるかわかったものじゃない、この狂言が済めば、それを持って侍をやめる」
「なるほど」
「貴様にも一生食えるようにしてやった上、うまい酒も少しずつは飲めるようにしてやるつもりだ」
「それは何より有難うございます、そのつもりで端敵《はがたき》を勤めて御覧に入れましょう。なあに、こういうことを時々おやりになるのがかえって田舎者のためになるので、天下の通用物を、穴の中へ蔵《かく》しておくなんぞというのが心得違いでございますから、とっちめてやるのがお役
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