かけ》の身持ちなどを探らせる。お妾の方でも、それをまた逆に利用して、材料を提供する。そういう場合が折助の得意の場合で、時とするとそれを踏台に、折助には過ぎた出世をすることがあるのです。
 場合によっては折助が、士分の者の前へあぐらをかいてタンカを切るようなことがあります。また地道《じみち》の商人やその他の平民に向って、折助は士分面をして威張り散らすことがあります。そうして折助は、大手を振って手柄顔をすることがあります。
 誰も折助を相手に喧嘩をしたくないから、それで避けている。そこに折助存在の理由があるので、うまく利用すれば、また相当の使い道もあるのです。うまく利用するというのは、意気でもなく然諾《ぜんだく》でもなく、ただこれ銭《ぜに》。
 銭も現金でなければ決して彼等を動かすことはできません。大した金は要らない、一杯飲むだけの銭を現金で握らせさえすれば、その酒の醒《さ》めない間は大抵の御用はする。その酒が醒めてしまえば、別に注ぎ足しをしない限り御用をつとめることはしないのです。
 有為《ゆうい》の士を心服させることのできないものが、この折助を使用する。歴然《れっき》とした旗本でありながら神尾主膳は折助を使用して、人を陥《おとしい》れなければならなくなったとは浅ましいことです。甲府勤番に落ちたことは、どうも仕方がないけれど、折助を使用して人の内密を探り、それを種に小策を弄《ろう》することは、よくよく見下げた心になったものです。
 しかしながら、ここへ神尾主膳の仮面《めん》を被《かぶ》って来た折助の権六は大得意でありました。彼は勤番支配にでもなりすました心で今、その威権のありたけを示しているところへ、不意に水戸の人、山崎譲というものが尋ねて来たと聞いて少しく狼狽《ろうばい》しました。
「ナニ、水戸の人で、山崎なにがし?」
 眼をパチパチさせてみたが、本人の神尾主膳はその人を知っているかも知れないけれども、権六の神尾はそんな人を知らない。
「今は忙しいから、後刻面会を致す、いずれかへ無礼なきように御案内申しておけ」
「委細、承知致しました」
「水戸の山崎……お前は知っているか」
 権六は、少しく不安心になってきたものだから、後ろの席でこれも擬《まが》い勤番の木村に尋ねると、権六とは負けず劣らずの代物《しろもの》で、岡引《おかっぴき》を勤めていた男。
「お前は知らねえのか
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