ほか太鼓判《たいこばん》の一分が俵に詰めて数知れず、たしかに其方《そのほう》の家屋敷の中に隠してあるに相違ない、ここで申し上げてしまえばお慈悲がかかって不問に置かれる、強情《ごうじょう》張って隠し立てを致すにおいては罪が一族に及ぶぞよ」
 厳《おごそ》かに言い渡しているのは意外にも先日、甲府の旗亭で、神尾主膳と酒を飲んでいた折助《おりすけ》の権六でありました。それがいつのまに出世したか、威儀厳然たる勤番格の武士の形になって、調べ吟味の指図役《さしずやく》に廻っていると、慄《ふる》え上っている望月の若主人は、
「どう致しまして、金銀を隠し置くなどとは以てのほか、先刻、家屋敷の隅々までも御捜索くだされた通り。また手前共の財産、すべて記録に差上げたものに寸分いつわりはございませぬ、お吹替《ふきか》えのありまするたびに、員数を改めて差出しまする古金新金、それを隠し置きまするような覚えは毛頭《もうとう》ござりませぬ、御念の上ならば、もう一応、家屋敷をおさがし下されまするように」
 畳へ額を擦《す》りつける。
「黙らっしゃい、其方の隠しておくところが家屋敷ときまったものではなかろう、世間の噂では持山の穴蔵《あなぐら》の中へ、先祖代々積み隠しておく金銀は莫大《ばくだい》とのこと、お上お調べの額《たか》はいま申す通り古金二千両、新金千両、別に一分の太鼓判《たいこばん》若干とのことなれば、内実《ないじつ》は暫く不問に置かれる、但し、右の古金、新金の在所《ありか》はこの場で訊《ただ》して帰らねば、身共役目が立ち申さぬ」
「これは、いよいよ以て御難題、さらさら左様な儀は……」
「これ、まだ強情を申しおるか、責めろ」
「申し上げろ」
 十手を腕の間へ入れてコジる。
「ア痛、ア痛!」
「痛いか」
「御無理でございます」
「泣いてるな。これ貴様も、苗字帯刀《みょうじたいとう》許されの家に生れた男ではないか、泣面《なきづら》かかずと潔《いさぎよ》く申し上げてしまえ」
「知らぬことは申し上げられませぬ、存ぜぬことは……あ痛ッ」
「これこれ望月、僅か三千両の金のために貴様がこうして窮命《きゅうめい》を受けるばかりではなく、あの八幡村から来た貴様の花嫁も追ってこんな目に会うのだぞよ」
「ええ、あの女房が?」
「知れたこと、亭主を責めていけなければ女房にかかる、それでわからなければ親へかかる。どうだ、こ
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