って、望月の家では金には糸目をつけないという色を見せました。
 再び出かけて行った古老たち。
「ほんのお土産《みやげ》の印《しるし》」
 怖る怖る差出した土地の織物、それに添えた百両の金。それをお役人にと従者の手を経て献納して帰ってみると、程を経てその織物も金百両も突き戻されて来ました。
 それから元湯の一室で、ひいひいと人の泣く声がする。荒々しく責める声が聞える。泣く方は人に聞かせまじと男泣き。責める方はわざと聞えよがしの荒い声。
 土地でも宿でもそれ以来、火の消えたような静まり方で、ただそのひいひいと泣く男泣きの声と、荒っぽく責める申し上げてしまえの声とを聞いて心臓をわななかせるばかり。
 それとはだいぶ間を隔てていたけれど、同じ屋根の下に泊り合せた机竜之助。まして眼のつぶれて感の鋭くなった耳にその声が入らないはずはありません。
 お徳から、あらましの事情を聞いた竜之助が、
「ああ、それは偽物《にせもの》だ」
と言いました。
「あの、お役人は偽物でございますか」
 お徳は呆《あき》れる。
「よくある手で、近頃はどこへ行っても流行《はや》る、徳川の御用金だとか、勤王《きんのう》の旗揚げの軍備金だとか言って、ところの物持ちをゆす[#「ゆす」に傍点]るのだ、それがこの山奥までやって来ようとは思わなかった」
「では盗賊《どろぼう》でござんすか」
「盗賊というわけでもない、なかには相当な志を持っているものが、心ならずもそんなことをして歩くのがある、結局は金で納まるのだ、白羽《しらは》の矢を立てられたその望月とやらが気の毒」
「お金で済めば結構でござんすけれど、山方《やまかた》の人はそんなことに気がつかないで、お金などを出してはかえってお役人に失礼なんぞと遠慮をなさるかも知れませぬ」
「どのみち扱いが少し面倒だ。人はみんなで幾人ぐらい来ているな」
「お侍が二人に、お伴《とも》の衆が五六人、みんなで十人ばかり」
「それは少し大仕掛だ、ことによると望月の財産を振ってしまうようなことになるかも知れぬ」
「御災難でござんすねえ」
「災難だ、災難だ。それから、あの里帰りに行ったという嫁は帰って来たのか」
「いいえ、まだお帰りござんせぬ」
「それも危ない。どのみち、この婚礼を附け込んで企《たく》んだ仕事だから、向うへも手が廻っている。結局ドチラも身代金《みのしろきん》、下手《へた》に出
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