こなす仕組みがあるのだ」
「へえ、それは耳寄りでございますねえ」
権六は主膳の近くへ膝行《にじ》り寄る。そうすると主膳の声がいっそう低くなって、権六のほかは何人《なんぴと》にも聞き取れない声で、
「実はな、御支配の下で、ずうっとこの白根《しらね》の奥に奈良田というところがある、そこに望月という郷士の家がある、これは徳川家以前の旧家で、天文永禄《てんぶんえいろく》あたりから知られている家柄だ、そこの家でいま婚礼がある、この東の八幡村というところから嫁が行ったそのお届があったから、拙者は何心なくその家のことを聞いてみるとな、望月というのは甲州金の金掘《かねほ》りをする総元締《そうもとじめ》を代々預かっていて、表面に現われた財産も少ないものではないが、先祖以来、穴倉《あなぐら》に隠して置く金の塊《かたまり》は莫大《ばくだい》なものだという噂《うわさ》」
神尾主膳は結局、その金の塊を突き留めてみたらば、思いのほかの掘出し物があるかも知れないということ、それはちょうど今度の婚礼問題がよい機会であって、役目を笠にいくらでもその高圧の手段はあるようなことを言います。
聞き終った権六は、
「なるほど、そいつは近ごろ面白い見付物《みつけもの》でございます、まかりまちがっても嚇《おどか》しで済む、うまくゆけば金脈に掘り当てる、転んでも大した怪我はなかりそうなのに、儲《もう》かれば大山だ。よろしゅうございます、それだけの絵図面で、造作《ぞうさく》と建具の細かいところは、しかるべき相棒《あいぼう》を見つけて俺共《わっしども》の方で万事気をつけることに致しまして、早速、仕組みにかかることに致しましょう」
「うまくやってくれ。それで権六、これが身共の徳川への奉公納めだ」
「奉公納めとおっしゃるのは?」
「もう徳川も下火だ、我々も、いつまでこうしていられるかわかったものじゃない、この狂言が済めば、それを持って侍をやめる」
「なるほど」
「貴様にも一生食えるようにしてやった上、うまい酒も少しずつは飲めるようにしてやるつもりだ」
「それは何より有難うございます、そのつもりで端敵《はがたき》を勤めて御覧に入れましょう。なあに、こういうことを時々おやりになるのがかえって田舎者のためになるので、天下の通用物を、穴の中へ蔵《かく》しておくなんぞというのが心得違いでございますから、とっちめてやるのがお役
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