ごにゅうらい》になったように騒ぐのだなと思っているところへ、お徳が入って来て、
「さあ、あれが先程お噂《うわさ》を申しました、望月様のお嫁御寮、あなた様が一目見たいとおっしゃったお方、いま直ぐこの下を通りますのでございます」
 お徳は手を拭きながら、これも御多分に洩れず、珍らしそうに息を弾《はず》ませて飛んで来て、竜之助のいる二階の欄干から下を見て、
「あれで十九。十九にしては落着きがおあり過ぎなさるほど。それはお人柄《ひとがら》がよいからでござんしょう、お婿様《むこさま》よりは一段|勝《まさ》っておいでなさる、お婿様は好いお人だけれど、なんだかそれほどに威がないようなお方、それがかえってよろしゅうござんしょう。何しろあの大家を踏まえて行くには、旦那様よりも奥様が、これからしっかりあそばさなくてはなりませぬ、好いところへお嫁入りすればするほど、お仕合《しあわ》せもお仕合せだがお骨も折れましょう」
 お徳が、こんな独言《ひとりごと》を言っている間に、嫁御寮の一行はゾロゾロとこの家の下を通り過ぎて行ってしまいます。
「ほんとうに、あんなお嫁様をお持ちになったお婿様の果報が思いやられます、お里帰りの五日が、どんなにお待遠しいことでしょう、両方の親御さんたちも本当にこれで御安心。ああいうことを見ますと、ひとごとでも嬉しくてたまりませぬ」
「里帰りといえば、これからあの八幡村まで帰るのか」
「左様でござんす、お馬やら釣台《つりだい》やら、あとからあの通り続いて参りますが、なんでも御旧家のこと故、すっかり古式でやるのだそうでござんす」
「いや婚礼というものは、慶《めで》たいことではあろうけれど、なかなか手数のかかるものじゃ」
「誰でも一生に一度は、その手数をかけねばならぬものでござんす。あなた様なぞもさだめし、こんなにおなりなされぬ前は、あんな手数をかけて、お喜びになったものでござんしょう」
 お徳は愛嬌《あいきょう》よく言う。
「あたりまえならば、そんなことになるのであったろうが、わしのはあたりまえの道を失ってしまったから、それで更に手数がかからなかった」

         七

 旗本の神尾主膳《かみおしゅぜん》はお預けから、とうとう甲府|勝手《かって》に遷《うつ》されてしまって、まだ若いのに、もう浮む瀬もない地位に落されたが、当人はいっこう平気らしくあります。
 地位の
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