て、やっぱり縁というものですね、せめてお目でも悪くなければお取持ちをして上げたい」
「お目が悪いからかえって縁がよいのでしょう、満足なお武家さんがどうしてこんな山家《やまが》へ入夫に来るものですか」
「それにわたしは、あのお武家はお目が悪いばかりではなく、何か悪いことをして来たお方ではないかと思いますよ」
「どうして」
「どうもなんだか気の置けるようで……もし人殺しなどをして来た人であったら」
「それはなんとも言えませぬ、もしそうであったからとて、お徳さんが承知であれば仕方がないではないか」
「でも、もし悪いことをして来た人で、お役人に尋ね出されるようなことになると、お徳さんや蔵太郎さんにまで、縄目《なわめ》がかかるようなことになりはしないか知ら」
「その時は、お徳さんばかりではない、あのとき峠を通ったものはみんな同罪、お前とわたしも逃れることはできませんね」
「どうなるものですか、やくざ男に欺《だま》されるのは山の娘の名折れだけれど、世間に憚《はばか》る人を助けるのは山の娘の気負《きお》いだとさ。なんにしてもお徳さんの心の中を聞いてみて、それからのことにしましょうよ」
「それがようござんすよ」

 山の娘たちは隊をなして、また他国へ出かけていったが、果してお徳だけは残ってしまいました。お徳は後に残ったのみでなく、それから直ぐに竜之助を案内し、蔵太郎をつれて、篠井山の麓から奈良田の温泉へ行ってしまいました。
 それは盲目の竜之助を馬に乗せて、お徳は蔵太郎を背に負って、篠井からまだ十里も山奥になっている奈良田へ行く間に、お徳はいろいろとその土地の物語をしました。
「昔、奈良の帝様《みかどさま》がおうつりになったところで、それから奈良田と申します、今でもその帝様の内裏《だいり》の跡が残っているのでございます」
「奈良の帝? 左様なお方がこんなところへおいでになる由《よし》もなかろうに」
「それでも昔からそのように申し伝えられてあるのでござんす、おいでになってごらんになればわかりますが、山と山とで囲まれた村の真中に二丁ほどの平らなところがあって、そこに帝様のお宮のあとが今でも神様に祀《まつ》ってあるのでござんす」
「帝様と申し上げるのは日の下を知ろし召すという方じゃ、その方がなんで斯様《かよう》なところへおいでなさるはずがない、大方その帝様のお社《やしろ》をそこへお移し申
前へ 次へ
全50ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング