んない》から東の方へ出ようということになりました。隣り隣りというてもなかなか遠い、山の間《あい》や谷の中から娘たちがゾロゾロと集まって、お徳の家へ詰めて来ながらの話、
「わたしが思うのには、お徳さんは今度は出かけられないかも知れませんわ、もしお徳さんが出かけられなければ、組の頭《かしら》はお浪さんになってもらわなければならないでしょう、まあお徳さんの了見《りょうけん》を聞いてみてからのこと」
「お徳さんは、あのお武家《さむらい》さんをどうなさるつもりでしょう。あのお武家さんはお眼が悪い上に、お身体も本当ではないのを、お徳さんが引受けてお世話をなさると言っておいでだが、お徳さんはお世話好きだからよいけれども、もしあのお武家が悪い人であったらどうでしょうね」
「お徳さんは、きっとあのお武家を好いているのですよ、ついこの間の晩も、庭でもって歌をうたって聞かせていましたよ、それに蔵太郎さんもあのお武家に懐《なつ》いているから、まるで夫婦と親子のように見えました」
「ほんとに、お徳さんは好いているならば、あのお武家と一緒になったらどうでしょう、お武家さんの方でもいやでなければ、みんなで取持ってお徳さんに入夫《にゅうふ》をさせたらどうでしょう」
「わたしもそう思っていましたけれど、お徳さんが今までよく立て通して来たものを、こちらからそんなことを言うのはおかしいし、それにあのお武家はお眼の不自由な人、あれでは始終お徳さんの面倒《めんどう》を見ることもできますまいし」
「たとえお眼が不自由でも、お徳さんが好いたと言い、お武家さんの方でもその気ならば出来ない縁ではありません。ねえ、皆さん、男一人を立て過ごせないような女では詰《つま》りませんね」
「働き者のお徳さんのことですもの、あれで立派に通して行かれますよ、誰かお徳さんの了簡《りょうけん》を聞いてみてごらん」
「そんなことが聞かれるものかね、お徳さんはそんな了簡で、あのお武家のお世話をしてるのではありません、ああしてお身体が少し好くなったら、直ぐにみんなして送り返すつもりでいるではありませんか」
「それはそうだけれども、この前のお方もそうして出来た縁、今度もひょっとすると、不思議な縁にならないとも限りませんからね」
「前のお方がああいうお方でありましたからお徳さんの入夫はむずかしいと思うていたところ、ちょうどまたああいうお武家が来
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